『官僚たちの夏』は今や幻想か
舛添厚労相が8日の記者会見で「新しい指導者が来たら新しい指導者にきちっと従うというのが役人の本分だと思うので、わが省の役人もそうあってほしい」と述べた。当然である。民主党VS官僚という構図が面白おかしく報道されているが、対立関係などあってはならない。国家国民に尽くすのが官僚の使命で、担当大臣や政務官などのお手並み拝見というような斜に構えた姿勢や、抵抗勢力の形成などを国民は容認しない。もっとも、報道される官僚批判がどこまで的確かは定かでない。いかにも保身の権化であるかのような報道が目につくが、官僚は制度の中でしか行動できないという制約に置かれている。この現実を認識しなければならない。官僚の肩を持つつもりはないが、創意工夫や自由裁量を許容したら法治国家が成立しない。また、このところ『官僚たちの夏』が在るべき官僚像の引き合いに出されるが、日本中が明日を信じて燃え盛っていた時代の話だ。今の時世に、官僚のみに高度経済成長期の勢いを求めるのは不公平だろう。多くの官僚は人物としてはマジメである。公益を考えている。意欲を引き出す人事評価制度やCDPなど、志を開花できる仕組みがないことに官僚の苦悩がある。官僚も生身の人間。健全な動機を見いだせれば、健全に行動するものだ。国家戦略局には平成版『官僚たちの夏』をプロデュースしてほしい。(ビーナスライン)
