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2009年12月18日

収入比較は不毛な議論

 開業医の収入が勤務医よりも恵まれているかどうかに焦点を当てることには勤務医も疑問を呈している。開業医は中小企業の経営者と同様だ。先代の資産を継承できる開業医もいれば、開業資金の返済に苦しむ創業者もいる。千差万別である。算出方法の妥当性がどうであれ、平均値を算出して高低を論じても現実は見えてこない。中小企業の経営者とサラリーマンの収入を比較するのが不毛であるように、開業医と勤務医の収入比較は不毛である。そもそも診療報酬改定に際して収入比較にスポットを当てることは、適切でない。かりに医師の収入水準が他業種・他職種と比較して妥当かどうかという議論を行ったところで、適正な基準もなく、感情論に流されるだけで真っ当な結論は出まい。(ぐるりん号)

2009年12月11日

看護師の協調について

 看護師は人間の生死を目の当たりにする厳しい仕事だ。女社会で「患者に尽くす」を第一に考える現場では、民間企業に勤める女性のように、「社会貢献はもちろんのこと、まずは男性社会で自分の地位を確立する」という努力にいそしむ必要がない。逆に「女同士でどう協調しあうか」が大問題になる。ある看護課長いわく「全く指示に従わない部下がいる。いくら面と向かって議論しても事態が進展しない」。逆にうまくいく看護師の上司と部下の関係は、「真っ向から議論し合い、時に部下が上司に意見しても、部下が相対的に仕事で結果を出す」という状況のようだ。女社会で生きるのは、女性同士における一種の「ケンカなれ」が必要だ。ケンカ経験の浅い看護師が落ち込んでいたら、時に男性の励ましが有効だ。医療従事者の男性は「女同士のことだから」と見てみぬふりせず、時に介入する勇気を、と願う。(suzie)

2009年12月10日

診断名変更が患者に与える絶望感

 幼い頃より、神経系の長患いを持っている。物心ついたときには、親に手を引かれありとあらゆる病院や診療科を訪ね、その度に原因不明と匙を投げられた。医者にかかるのも嫌になったころ、ある診断が下され、その治療のための処置が8年間行われた。しかし、「20歳を過ぎたら落ち着く」と言われている症状は一向に好転せず、それに伴い医師への不信感も募った。
「この8年間はなんだったのか」と絶望していたところに、たまたま読んでいた医療系の雑誌に似たような症状があると記載があり、一縷の望みにかけて脳神経内科を訪ねた。初診から1年後に下された診断名は、似て非なるものだった。その瞬間、8年間の治療が大きな意味を成さなかったことが確定し、絶望に打ちひしがれたことを鮮明に覚えている。
 医療の進歩により、難病に対しより適切な診断名がつけられるのは仕方がないと思う。だが、それまでに投資してきた医療費や時間が「無駄であった」という空虚感は、その期間の長さに比例して大きくなる。その面をケアすることもまた、医師の役目の一つではないかと思う。(ハマッコ)